【トウキョウソナタ】

キョンキョン、だんだん素敵になってくる。
いいな、年を重ねていい雰囲気。

日本・オランダ・香港の合作映画だとは知らなかった。

黒沢清監督、見たことある作品は2本のみ。
役所広司さんと萩原聖人さんの『CURE』(キュア)と
オダギリジョーさんと浅野忠信さんの『アカルイミライ』。

どっちもちょっと怖くて、心病んでて、凶暴で、
殺人とかあって、奇妙さがあって…

だから、そういう作品を撮る監督のイメージだった。
初めてみたいです、家族をストレートに描いた作品。

■『トウキョウソナタ』は、両親と息子二人の家族の話。

・お兄ちゃんの話もボクの話も、全然聞いてくれないお父さんと
・なんだかいつもつまらなそうなお母さんと
・バイトばっかりしてて、家に居なくて、何を考えてるか分からないお兄ちゃんと
・給食費でこっそりピアノ習ってるボク

そうして、お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、そしてボクも、
みんなナイショの秘密がある。

それでも、“普通に普通に”御飯を一緒に食べたりしてた。
でもある日、ボクが家に帰ったら家の中がぐちゃぐちゃになってて、
誰も居なくなってた。

タイトルの『ソナタ』、
なんとなく本編がらみで…
『ソナタは、複数の楽章から構成される』の意として解釈した。

■キャスティングだけみても本編見たくなる。

リストラされても家族に言えない、父親の威厳を死守したい、
プライドにしがみつくから、カクメイから一番遠いところにいる。 

そんな父親役は、当初から、監督、香川照之さんを想定してたそうだ。
つまらん旧式殻付弱虫父さんを名演(笑)

お母さん役の小泉今日子さんもファーストチョイスだったとか。

監督の言葉:
「僕は笑ってないときの小泉さんの、遠くを見通してるような目が大好きなんです」
(う~ん、吐息がもれそう。ちょっと誰かに言って欲しくなるような台詞。)

彼女がいるから家族が成立してる。父に言えないことでも母には言える。
彼女は自分を犠牲にして家族の要になってる…ようにみえて、
実は彼女がいちばんーーー

名台詞を彼女に言わせてる。
『自分は一人しかいません。信じられるのはそれだけじゃないですか』
うーん、いい台詞なあ。ホッとする。

…そう、人はみな自分です・自分は1個の物体です・万人に万個の自分です。
太古の昔から実に公平に、スタート・エンドを繰りかえします。
思えば健気なハナシじゃないですか。 

重力ピエロ』での、弟(春)が言った 

-「どんな時代でも、想像力というものは先人から引き継ぐものじゃなくて、
毎回毎回、芸術家が必死になって搾り出さなくてはいけないってことだよ。
だから、芸術は進化するものではないんだ。」

の台詞、思い出しましたもの。

となると、自分は・人生は、芸術!いいもん創りたくなりません?

反抗的な長男:小柳祐くん(’88年生まれ)、オットコ前です。
すっとした・真っ直ぐな反抗…って言うものオカシイけど、そんな感じ。

そうそう、
『彼には華がある。他の映画で目立つ前に使っておこうと思った』って、
監督の言葉がパンフの中にありました。 

最後の見せ場を作る二男:井之脇海くん(’95年生まれ)のこと、
監督も、香川さんも、キョンキョンも絶賛してました。

息子らは、父と対極にある。
息子たちはしがみつくプライドを持ちえてないから、
カクメイを夢見ることができる。

母親が昼寝で見る夢、長男が出てくる夢のシーンは胸が締め付けられた。

で、役所広司さんの役どころがとてもオカシイ♪ 情けない・情けない男です(笑)

そうそう、二男の担任役:アンジャッシュの児嶋さん、父親の友人:津田寛治さん、
このお二人が、「うんうん、居る居る、こういう大人」で、とてもいい。

ドビュッシーの、ある曲がフルで聴けます。 
-「あ~、なんとなく映画の流れ、想像できるなあ~」
と、思ったかもしれませんが、
その想像を素晴らしく・はるか高いハードルで越えちゃいます!

なんせ、自分を生きるって芸術ですもの。

私、家族の <括(くく)り> は、そっから一度は抜け出るためにある輪。
<抜け出る・自分を生きる>きっかけになるべく、そこに<標準装備>として、
用意されてるんじゃないかと思いました。

-『リアルだと感じる親子関係は、お互いを気にはしてるが、
本当の自分自身は隠している。家庭という共同体に中で、
なんとなく親子を演じてはいるが、真っ向から向き合っていないというもの。
…でも、向き合うことが絶対にないとは言えないだろう…ということで、
今回衝突させてみたかったんです。
…でも、最後にどうにかしてある種の希望にたどり着きたかった。」
(黒沢清監督:談)


【今日の作品】【トウキョウソナタ】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー


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