カテゴリー別アーカイブ: 【鑑賞感想文】

【ヒアアフター】

物語の冒頭に津波のシーンがあり、
10数万人の死者が出たということで、
3月11日の東日本大震災の大津波を想起させられた。

主人公の1人である、マリーが津波に飲み込まれ、
一時は命を落とす凄惨なシーンとなるが、「一時は命を落とす」ということは、
マリーは死後の体験をする分けで、有名なテレビキャスターでもあるマリーは、
その後この体験を本にしようと仕事まで犠牲にし、
自分の心の奥底に眠っていたものに目覚め、彼女にとって真実の生き方を手にする。

それはこの社会にとっては疎くはばかられるもので、
仕事復帰も叶わぬものになるし、昨日まであった栄光が、
無に帰すものとなる。

人は死んだらどうなるかとか、
愛する者の死に締めつけられた胸の悲しみはいつまでも取れず、
本当にこの世は、生とは、いったい何であろうかと思い悩ませられるが、
それをいったん表の世界に公表し、体験を話そうものなら、
変人として扱われる。

もう一人の主人公のジョージも霊能者という自分の才能に世間から奇人扱いされ、
誰かを好きになっても離れられ、この社会では、今生きているこの現実だけが、
真実のものであると、とらえられる。

クリント・イーストウッド監督は死後の世界があること、
愛する人や家族は死んでもあの世で生きていることを、明るくさわやかに描いた。

僕らの生きているこの世界は、世知辛く、
あたかも金や目に見えるものだけが支配しているかのごとく考えられがちだけど、
生きるのは金や物のためだけにあらず、
来世や見えない世界とのつながりを通してもまた生きていることを見せられ、
それがこの世界に生きることに対して、大きな癒しになっている。

ジョージとマリー、
そしてもう一人の少年マーカスの3人がそれぞれのつらい体験や過去を通して、
見えない世界を信じ、愛に目覚めることに、僕らも大きな感動を得た。


【今日の作品】【ヒアアフター】
【今日の部員】小林 真三さん

【ウルトラミラクルラブストーリー】

なんで見に行こうと思った?
麻生久美子さんを見たかった。

彼女の100%じゃない感じがいい。
演技に対してというのではなく、存在感の5%が浮遊している感じ。

舞台は青森。
ヘンテコ農業青年・陽人(ようじん・松山ケンイチ)の恋の話。
いや、恋の話だけど、恋の話じゃあない話。いや、やっぱり恋の話ど真ん中。

陽人は祖母と無農薬有機栽培の野菜を売って歩く。  
ある日東京からやってきた保育士の町子(麻生久美子)に、
陽人は生まれて初めての恋をする。

しかし町子が青森に来たのは、カミサマと呼ばれる占い師に会うため。
なぜなら事故で死んだ元カレの首がまだ見つかっていないから
…というあな恐ろしい設定。

けれどもそんな噂なんておかまいなしの陽人は、毎日町子先生に会いに行く。
町子先生を好きになってしまったから。

『両思い』…って、陽人はこそばゆく懐かしい言葉を度々口にしてたな。
そうして、『片思い』の陽人の、その強すぎる思いは、
嘘みたいな出来事を次々と巻き起こしてく。

主人公:陽人はとにかくいつも異常にテンションが高い。そう、脳の具合。

私、津軽弁は知らない・分からない。
標準語とえらく違う。字幕も出ない。…ん?出たら変か。
でも沖縄の言葉がそうであるように、どこか“節”がある。

陽人は、意味不明部分半分以上の津軽弁をまくし立てる。
ずっと身体も動いている。バタバタと飛び跳ねている。
そうしてある日、陽人は秘薬?魔法の薬?を発見してしまう。発見してしまった。
何度も浴びる。
そう、町子先生が好きだから。

ビックリするようなことが起こるんだけど、登場人物たちはさして慌てず、淡々。
他人のコトだからと、冷めて淡々じゃあなくて、
まあそれもアリかな?そうそう、実際起こったんだから、まあ…アリだ!風。

<え?なんて?何言っている?どういう意味?>の、津軽弁満載でも、
ちゃあんとストーリーが分かるから、やっぱりアリ!の、アリ。

<なんで?まさか!えっ?>みたいな展開も随所にあるけど、
そんなん、別にぃーで、爽やかにスルーさせる力?風が吹いているような。

青森出身の松山ケンイチさんが、のびのびまくし立てる津軽弁の魔法かも知れん。

陽人は、毎日書くホワイトボードの日記に
-「脳みそだけは町子にあげる」と、書き残していた。

 
監督は横浜聡子(よこはま さとこ)さんと言う方。

今回の作品で、初めて知った。1978年生まれ。お若いなあ。
ゆれる』、『ディア・ドクター』 の監督:西川美和さんが1974年生まれ。
お二人とも若いし監督だけでなく脚本も御自分で書いている。
オリジナル脚本はやっぱりいいな。
うまく言えないけど、ちゃんといい感じでおさまる。

本当に、実にいろんな人生がある、才能がある、チャンスがある。
いちばん大変なのはきっとそのチャンスを見つけることだろうな。
チャンスは才能を育み、ずらっと並べたら・・・人生が出来上がる。

パンフレットの中で、
末井昭さん(編集者)という方が書かれている“タマシー”の文章が好き。

タイトル:『脳みそなんか!』

-「タマシーは人間の体のどこに宿るのだろう?
科学では、脳だろう。いや、科学では、タマシーなんか存在しないことになっている。
いや、存在したらいけないのだ。だから誰もタマシーのことは教えてくれない。
     ・・・(中略)・・・
世の人は、脳ミソは人間の体の一番大事なところと思っている。
脳ミソの調子の悪い人間は不良品と思っている。
でも、そんなとこにタマシーがあるわけじゃない。
そんなもの、熊に食わしてしてしまえ。というところが、パンクでカッコいい。」


【今日の作品】【ウルトラミラクルラブストーリー】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【ショーシャンクの空に】

1994年の有名な映画ですが、最近初めて鑑賞しました。
刑務所に冤罪で入れられてしまった、銀行員の話です。

希望とは、夢よりも遠く、叶えるより望みで、
奇跡に近い位置にあるものだと思っていました。
彼は、耐えがたい仕打ちや、酷い権力にも自身を壊さず希望を手に入れた。

少しずつ、決して諦めず、繊細に綿密に、ただひたすらに・・・。
そして、時がきて一気に行動し、現実にしてしまった。

あれだけ酷い事をされたら、従ってしまうはずなのに、その方が楽なのに
彼は常に自分の夢を忘れず、妄想していた。

失わず、少しずつ、ひたすらに、多くを求めず・・・

良い映画はいつ観ても感動をくれますね(*^_^*)


【今日の作品】【ショーシャンクの空に】
【今日の部員】タジさん

【トウキョウソナタ】

キョンキョン、だんだん素敵になってくる。
いいな、年を重ねていい雰囲気。

日本・オランダ・香港の合作映画だとは知らなかった。

黒沢清監督、見たことある作品は2本のみ。
役所広司さんと萩原聖人さんの『CURE』(キュア)と
オダギリジョーさんと浅野忠信さんの『アカルイミライ』。

どっちもちょっと怖くて、心病んでて、凶暴で、
殺人とかあって、奇妙さがあって…

だから、そういう作品を撮る監督のイメージだった。
初めてみたいです、家族をストレートに描いた作品。

■『トウキョウソナタ』は、両親と息子二人の家族の話。

・お兄ちゃんの話もボクの話も、全然聞いてくれないお父さんと
・なんだかいつもつまらなそうなお母さんと
・バイトばっかりしてて、家に居なくて、何を考えてるか分からないお兄ちゃんと
・給食費でこっそりピアノ習ってるボク

そうして、お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、そしてボクも、
みんなナイショの秘密がある。

それでも、“普通に普通に”御飯を一緒に食べたりしてた。
でもある日、ボクが家に帰ったら家の中がぐちゃぐちゃになってて、
誰も居なくなってた。

タイトルの『ソナタ』、
なんとなく本編がらみで…
『ソナタは、複数の楽章から構成される』の意として解釈した。

■キャスティングだけみても本編見たくなる。

リストラされても家族に言えない、父親の威厳を死守したい、
プライドにしがみつくから、カクメイから一番遠いところにいる。 

そんな父親役は、当初から、監督、香川照之さんを想定してたそうだ。
つまらん旧式殻付弱虫父さんを名演(笑)

お母さん役の小泉今日子さんもファーストチョイスだったとか。

監督の言葉:
「僕は笑ってないときの小泉さんの、遠くを見通してるような目が大好きなんです」
(う~ん、吐息がもれそう。ちょっと誰かに言って欲しくなるような台詞。)

彼女がいるから家族が成立してる。父に言えないことでも母には言える。
彼女は自分を犠牲にして家族の要になってる…ようにみえて、
実は彼女がいちばんーーー

名台詞を彼女に言わせてる。
『自分は一人しかいません。信じられるのはそれだけじゃないですか』
うーん、いい台詞なあ。ホッとする。

…そう、人はみな自分です・自分は1個の物体です・万人に万個の自分です。
太古の昔から実に公平に、スタート・エンドを繰りかえします。
思えば健気なハナシじゃないですか。 

重力ピエロ』での、弟(春)が言った 

-「どんな時代でも、想像力というものは先人から引き継ぐものじゃなくて、
毎回毎回、芸術家が必死になって搾り出さなくてはいけないってことだよ。
だから、芸術は進化するものではないんだ。」

の台詞、思い出しましたもの。

となると、自分は・人生は、芸術!いいもん創りたくなりません?

反抗的な長男:小柳祐くん(’88年生まれ)、オットコ前です。
すっとした・真っ直ぐな反抗…って言うものオカシイけど、そんな感じ。

そうそう、
『彼には華がある。他の映画で目立つ前に使っておこうと思った』って、
監督の言葉がパンフの中にありました。 

最後の見せ場を作る二男:井之脇海くん(’95年生まれ)のこと、
監督も、香川さんも、キョンキョンも絶賛してました。

息子らは、父と対極にある。
息子たちはしがみつくプライドを持ちえてないから、
カクメイを夢見ることができる。

母親が昼寝で見る夢、長男が出てくる夢のシーンは胸が締め付けられた。

で、役所広司さんの役どころがとてもオカシイ♪ 情けない・情けない男です(笑)

そうそう、二男の担任役:アンジャッシュの児嶋さん、父親の友人:津田寛治さん、
このお二人が、「うんうん、居る居る、こういう大人」で、とてもいい。

ドビュッシーの、ある曲がフルで聴けます。 
-「あ~、なんとなく映画の流れ、想像できるなあ~」
と、思ったかもしれませんが、
その想像を素晴らしく・はるか高いハードルで越えちゃいます!

なんせ、自分を生きるって芸術ですもの。

私、家族の <括(くく)り> は、そっから一度は抜け出るためにある輪。
<抜け出る・自分を生きる>きっかけになるべく、そこに<標準装備>として、
用意されてるんじゃないかと思いました。

-『リアルだと感じる親子関係は、お互いを気にはしてるが、
本当の自分自身は隠している。家庭という共同体に中で、
なんとなく親子を演じてはいるが、真っ向から向き合っていないというもの。
…でも、向き合うことが絶対にないとは言えないだろう…ということで、
今回衝突させてみたかったんです。
…でも、最後にどうにかしてある種の希望にたどり着きたかった。」
(黒沢清監督:談)


【今日の作品】【トウキョウソナタ】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【SPACE BATTLESHIP ヤマト】

―『ええっ!?』
な、ストーリーの展開具合や、
木村くんのちょっと大仰な台詞回しや、人物のセッティングで、
ああ、ああ、こりゃあ、カンペキに娯楽作品狙いだなあと。

それもごく分かりやすい“楽しい”のあたり。
元々が壮大な宇宙相手のフィクションなんやもの。

どこかで同じ感覚になったなあとかも思って…
ならあら、『モスラ』(←大昔過ぎ!)とか、『燃えよドラゴン』とか…

人生を語るとか、人間を見つめるとか、奇をてらうとか、魅せるとか、
哲学的とか、心理学的とか、オカルト的とか、そう、恋愛とか、
壮大とか、優雅とか、複雑とか、比喩とか、抽象とか、
うん、脱力とかとかの 最近風・大勢風じゃあなくて、
単純に楽しむ映画狙いなんだと、見ながら思えて来た。

どっか、70年代の・オリジナルアニメの・ヤマトの、
あの時代感覚の、ちょっとレトロな、“映画は 楽しむもん”のあたり。

さて、その視点でポイントで宣伝してたかなあ。
もし、『大作です!』とか言っていたのだったら、そりゃあ不味かったかもね。

見ながらそう思い始めたら、どっか可笑しくて 楽しくて。
これって あの映画のちょっとパロディ?みたいなトコもあって。

でも一方、思った、確信した。

ああ、きっと 批判あるどー!って。いっぱい あるどー!って。
で、そう思うと、なんかさらに映画が面白くて。

そう、なんたって<評価>より はるかに安易な <批判>ですもん。
ヤマトに関係なく、それは日常的。

この、生活や世間や人間関係の様々なシーンで、
『いいね』と言うより、『優れていると思う』と言うより、
う~ん、ここがね・そこがね、の<あら捜し>の方が、
ふ~む、あれがね・それがね、の<批判>の方が、
うんと遥かに、イスカンダルに行くほど遥か大差のイージーで、
保身で、どっか逃げで、自己弁護だよなあと。


【今日の作品】【SPACE BATTLESHIP ヤマト】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【探偵はバーにいる】

な~かなか お得な気分になれました。

動機は 松田龍平さんを見に行こう!…だったけど、
大泉洋さん、いやあ、なかなか素敵でした。 
そ、二枚目!魅力ある二枚目!

二枚目(ここではイケメンとは言いたくなくて、二枚目)の若者が二人。

二人とも長身だし、スタイルもいいし、
でもって、腕っぷしが惚れ惚れするほど強い二人!
そ、主人公で・二枚目は・常に強いのです!

ケンカ、殴り合い、流血、発砲…あらゆるアクション満載。
けどね、見てて面白いアクションシーン。
湿度ある残虐さ…う~ん、無かったと思う。

やってるアクションは、んま、“かなりなもん”なんだけど。
そりゃあなんたって、二人とも強いから大丈夫!

で、そっか東映かあとか、そっか御本家かあとか。
さらに、うんうん、映画は<娯楽>なんだとあらためて思った。

いいんじゃあないかなあ、こんな映画。
見終わって劇場から出てくるとき、爽快感。
なかなか味わえそうで味わえんもんだと思うけど。

小雪さん、緋牡丹博徒のお竜さん並みのカッコ良さ!

でもね、強いってだけじゃあないです、この探偵<俺>は。
その心情にも魅力大アリ。

脇のキャスティングの中でピカイチは高嶋政伸さんだった。
恐るべき・ちょっと笑える?猟奇的表情。
なんというか、話題になってるから、今。
申し訳ないがどうしても、その話題がちょっとリンクで、+αで、
悪役が“お見事!”に映った。

それと、なんたって『♪時計をとめて

カルメン・マキさん出るなんぞ知らんかったから、
初っ端でスットーンと降参してしまった。

ちょっと思ったの。こういう<THE 東映映画>が 今、渇望されてるんかも。

強いもんは強い。悪者はしっかり悪い。良い人は善人(当たり前か)。
そうして、映画は<娯楽>って立ち位置。


【今日の作品】【探偵はバーにいる】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【ディア・ドクター】

ここ数年の、
<ついつい邦画・気が付けば邦画・ふりむけば邦画> には理由がある。

確かに字幕を読まなくていいという、「私の目事情」的なラクさもあるが、
核になっているのは、わかり易さ。

安直なんかも知れんが、背景とか心情とかのわかり易さだ。
映画にもう擬似的広がりを求めてないのかもなあ。

そこには自分が日本人であるということをベースとして、自分の人生がある。

私のそれは、
ハリウッドサイズでも、ヨーロッパサイズでも、中国サイズでも、
インドサイズでもない。

ミニシアター邦画のサイズ。
一番その器サイズが似かよった身近なもんを見て、
具象理解する、振れ幅共感する、国民性感じる、擬似体感する、我流納得する。

そうして、それら珠玉の感触を手のひらにのせ、見入り・感じ・味わうのに、
<生きてきた歳月・経験>は大きな武器だと思う。

イヤイヤ、戦うわけじゃあないから…武器じゃなくて…そう、手持ちの<色見本>
オリジナルな<色見本>、使わないと勿体無い。

■ デイア・ドクター

うん、とても楽しめました。 

西川美和監督の映画は、オダギリさんと香川さんの『ゆれる』が初めてでした。
『ゆれる』、面白かったなあ。
人はずるくて弱くて優しいんよねえ。

西川監督作品を見ると、
是枝監督作品(『誰も知らない』『花よりもなほ』『歩いても 歩いても』…etc.)を
連想。

ん?どっか似てる?いや、違うなあ。いや、似てる?なんだ?あっ、空気かも。
と、思ったら、師だそうで、是枝監督は西川監督の。

2009年6月19日 読売新聞のインタビューでの西川監督の言葉から。
『志を一貫させる人って少ないですよね。
それより、偶然が重なって、思ってもみなかったところに転がっていって、
行き着いた果てが結構面白かったりする』

面白いデキになっているかどうか疑わしいけど、
<偶然>が重なって<転がり>倒して、行き着いて、
私は・今は、『ここ』にいる。

* * * * *

見終わった時、ラストシーンの時、
「ああ、これ、ラブストーリーだ」と、私、思った。

でも、全体をラブストーリーとして展開させている訳じゃあない。
なんだろ…

映画全体を通して充満している、主人公の<“据わり”の悪さ>の中、
ラブストーリーを思わせる一瞬があった。
それがとても自分の中で<据わり>が良かったからかも知れない。

でもパンフの中で、そういう風なコトを書いてるところが無くて…
「ん?」だっだんだけど、八千草薫さんのコメントの中に発見!
そっか、演じているご本人がその<要素>を指摘されていたんですよね。
で、「ほらね!」の気分になった。

<据わり>

なんとも<据わり>の悪い人生を送っている主人公です。
据わっている風に見えて、実に危うい毎日。

彼の危うさは、外から見えない。明るい間は見えない。
けど、暗くなったら・夜になったら見える、そんな感じ。

ニセモノなのに本物してて・本物してるけど実はニセモノで。
ウソなのに現実で、現実がウソで。
でも、ひっくるめて全部現実で真実で…そういう映画です。

スートーリー展開の中に、その前面に、シリアスさは出ていません。
例えば、リアルな僻村での医師不在問題とか。
でも起こっているコトは、実にリアリティがある。

リアリティは何かの中にドンとあるものやのうて、流れが作るかもしれんです。

<照合>

どうなんだろうと、思う。みんなはどうなんだろうと、思う。

ずっと思って、ずっと感じてきた気がする。
今の御自分の人生、居心地、据わりの加減はどうですか?…みたいな。

それぞれ自分の役割がある。
娘だったり、息子だったり、親だったり、妻だったり、夫だったり、隣人だったり、友人だったり、
勤め人だったり、嫁だったり…もっともっと配役はいっぱい。
そこいらへんでの<自分の据わり>加減。 

ん?自分(の据わり)=肝(の据わり)で、その先に「存在」なのかな?

皮肉なのか、必要だったのか、そこいらへんは不明なれど、
私、病気を持って、実は<据わり>が良くなった。
地面との距離が近くなった気がしてならない。
しかし、こういう論理にもってく自分はニセモノ?本物?

ずっと、<据わりの悪さ>感じてて、原因を考えたりもした。

あの出来事から?…いや、その以前から。
あの喪失感から?…いや、その以前から。
とまあ、長年延々、自分が浮遊してた感あったけど、
とまあ、この歳になっても未熟な感、ありありだけど、
不思議なもんで、この決め付け縛りで、着地に向かってる?みたいな。

…あ~あ。ワケわからんようになってきた。 お腹、空き過ぎで。

そうそう、余貴美子さんがいいなあ。いつ見ても彼女はいいなあと思う。
どうして私は余貴美子さんになれんかったんやろ(笑)

そう、それは、
余貴美子さん方向への<偶然>が重ならず、上手く<転がらず>、
思わぬ地点に行き着いてしまい、私は今、『ここ』にいる。


【今日の作品】【ディア・ドクター】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【フラガール】

李監督の作品、一番最近は妻夫木くん&深っちゃんの『悪人』。

他に見たのは…妻夫木くん&安藤政信くんの『69 sixty nine』、
加瀬良さん&オダギリくんの『スクラップ・ヘブン』。
『フラガール』を含めて全部面白かったなあ。 

で、この映画:『フラガール
松雪泰子さんと蒼井優ちゃんのフラダンス、これが魅せる !

二人のあの細さから受けるイメージぶっ飛んだ。
松雪さんのは どこかフラメンコで、蒼井優ちゃんのはどこかバレエ。

フラの完成度としてはド素人の私には分からないけど
ひたすら凄くただただ魅力的でした。

松雪泰子さんのファッションとヘアスタイルがすごい良かったなあ。
服も髪型も、そう、若き日の加賀まりこさんだ、あの感じ。
逆毛多用の髪型がなんともキュート、なんとも素敵でした!

松雪さんは<感動的シーンの演技>より<3のセンの演技>の方が
おおっ、キラリ!

富司純子さんの迫力、しずちゃんの不器用&ガンバリ…
女っていいですね、うん、いいですよ。
<男にゃあ敵うまい>のしなやかさと強さと踏ん張りと。

女の方が遺伝子的に高度かも(笑)

舞台は福島。景気が悪くなった常磐炭鉱。 
その寂れる炭鉱の町になんでかハワイ、<ハワイアンセンターを作ろう!> 

その発想、なんじゃらホイやけど、実話がベースみたいですよ。

家族のシーン、
富司さん・豊川さん・優ちゃんの口からでる方言、その音に、
ああ、キレイ!と思った。

見どころいっぱい、楽しくなる映画♪
この映画見てからかなあ、蒼井優ちゃんに目が行く。


【今日の作品】【フラガール】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【ブラック・ダリア】

な~んかふと、洋画にしようかなって。
このところ邦画ばっかりだったから。
で、タイトルで決めた。 

映画『ブラック・ダリア』

ストーリーのおおもとは、
実際に1947年にアメリカで発生した“ブラックダリア殺人事件”。

時代は1947年。
この頃のアメリカってファッションがいい。
男女ともに。

なんとも惹かれるファッションでてきますが、
死体の損傷・切断・洗浄…猟奇殺人でてきます、
ブラックダリアと呼ばれる女性でてきます、
いっぱい+いっぱいのピースが出てきます。 

で、さあパズル!
見入ってしまうストーリー、それぞれがキルトのピースワーク。

あれこれ色のピース繋いでキルトのトップデザインは完成したか否か?

ジョシュ・ハートネット…
ちょっとブラッドピットを連想させる顔立ち。

アーロン・エッカート…
ああ、『エリン・ブロコビッチ』で、
ジュリアン・ロバーツの恋人かあ。イージーライダー風の彼かあ。

スカーレット・ヨハンセン…
えっ?『ロスト・イン・トランスレーション』で
ビルマーレイと出てた人なの?
好きな映画だったのに名前も顔も覚えてなかった。実にいい加減です。

ヒラリー・スワンク…
そうそう、そうよね、『ミリオンダラー・ベイビー』の主演の人だ。

私、子供の頃、
白人はみな同じ顔に見えていた。
外国人はみんなアメリカ人な気がしてた。  
黒人はみな同じ顔に見えていた。

そうして今は、
日本の若い女性がみな同じ顔に見えてしょうがない(笑)


【今日の作品】【ブラック・ダリア】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー

【長い散歩】

当地、劇場では短期間の上映。
見ようと思っていたのに見過ごした映画。
んじゃあと、随分経ってDVD。

私のイメージでは、
長い間ギラギラなアクの強い役ばかりだった気がする緒形拳さん。
でも人は年を重ね、そのうち皆どんな人生を送ったとしても公平に逝く。

この映画、天使の羽根を付けた女の子も可愛くて名演技で。
緒形拳さん、ドラマ『風のガーデン』の時に比べ、まだ”ふっくら”がある頃で。

確かに、元気そうな緒形さんを見れて良かったなあと言う気持ちもあったけど、
ただ、その後を知ってるから、
幾度も出てくる<走るシーン>、見てるこっちが辛くなったのも事実。
  

幼児虐待、育児放棄がストーリーのど真ん中にあって、結構しんどかった。

しんどいのに 目が離せない。
ストーリー的にいつか救いがないとー…もあるけど、
観ているこっちのしんどい気持ちも救われたいと。

この映画の監督は、俳優の奥田瑛二さんなのですが、
DVDの本編に入る前に、
奥田さんが監督した他の作品が宣伝・告知で流れるんですが、
少女〜an adolescent』と『るにん』という作品なんですが、
それ見てて、気分悪くなって…

最近、どうしても受け付けないテーマがあって、
昔は、若い時はどうだったかなあと、思い起こしてみるんだけど、
今ほどじゃあなかった気もするんですが。

なんと言うか…
人間の弱さとか・孤独とか、性とか、醜さとか・愛憎とか・欲とか…そこいらへん。
そこいらをテーマにして、凝視するような、直視するような、えぐるような作品。

もういいよ。

人間が弱い生き物なのは身を持って分かっているからさあ、もういいよ。
どうね?優しい気持ちはどうやっても出てこない?
なんとか心で温まらんね?…のあたり(笑)

そのへん、だんだんと顕著になってくのが、自分でも興味深くて。

どうしても受け付けないというそれが、
<生理的・心情的>な領域の判断になってくのが分かって、
その変化が、なんか、引っかかってしまって。

なんでかね?って。

長い散歩』の中でも、そういう受け付けないシーンが多々あって、
それでも最後まで見ようと思ったのは、見れたのは、
緒形拳さんと女の子のシーンのおかげかなあと。

私、緒形拳さんも、『鬼畜』やそれにダブル人物設定の作品は、今、見たくない。
以前の、何かを探るような体勢で見た・読んだ、そんな映画・小説が、
なんだかなー、生理的に受け付けなくなってく。

『いいよ、もう。。。そんなんさあ、表現した先に何があるん?
誰かが幸せになるん?誰かが喜ぶん?』…みたいな。

ふと、極めて希望的に思った。

こうやってこのまま行って、あの横丁、斜向こう、自販機の南角を曲がった頃に、
私、お昼の再放送:勧善懲悪の時代劇ドラマ見ながら、
最後の見せ場、画面に向かって拍手してるばあちゃんになれるかもしれんな。


【今日の作品】【長い散歩】
【今日の部員】昨日:モディ★今日:脳腫瘍 ★明日:リリー